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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1988号 判決 1973年3月29日

控訴人 矢田樟次

右訴訟代理人弁護士 池谷昇

被控訴人 粕谷茂

右訴訟代理人弁護士 山田茂

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金九九万円および内金二〇万円に対する昭和三九年六月一六日から、内金七九万円に対する昭和四三年六月八日から各支払ずみまで年五分の金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

被控訴代理人は、「仮りに控訴人主張の債権が存在するとしても、訴外粕谷銀蔵、同粕谷栄吉と控訴人間になされた債権譲渡は主として控訴人名義をもって被控訴人に対する訴訟行為をなさしめることを目的としてなされたものであるから、信託法第一一条違反により無効である」と述べた。

新たな証拠≪省略≫

理由

≪証拠省略≫によると、訴外粕谷銀蔵が、昭和四三年五月二七日同人の被控訴人に対する控訴人主張の四口合計八九万円の債権を控訴人に譲渡し、また訴外粕谷栄吉が、前同日同人の被控訴人に対する金一〇万円の債権を控訴人に譲渡し、各訴外人から被控訴人に対し同年同月三〇日到達の書面により債権譲渡の通知をした事実(但し以上の内訴外銀蔵の被控訴人に対する金二〇万円の債権の譲渡通知が被控訴人に到達した点は当事者間に争いがない)が認められる。

右譲渡された債権の存在についても争の存するところであるが、被控訴人は仮定的に控訴人主張の債権譲渡は信託法第一一条に違反し、無効であると主張するので右債権の存否についての判断はしばらくこれを措き被控訴人の右主張について判断する。

≪証拠省略≫に、本件訴訟の経過および弁論の全趣旨を総合すると、次の諸事実を認めることができる。すなわち、訴外栄吉は同銀蔵の長男で、東京都世田谷区中町二丁目二七番の二一号で、農業を経営し、父銀蔵および母アサと共同生活をしており、被控訴人は銀蔵の次男で別に肩書地でビル経営および食料品の卸売業に従事していること、控訴人は土地造成等を目的とする会社の取締役で他に数会社に関係しており民間での大蔵省の管財の仕事にも従事している者であるが、昭和四〇年八月頃前記銀蔵の居住地の隣地に土地を買受けて住むようになり、その居宅の庭として銀蔵所有の隣地の一部を譲受けたい希望を持っていたこと等から銀蔵、栄吉と接近するようになったが、当初は右銀蔵らは控訴人に土地を割譲することについては必らずしも好意的でなかった。たまたま昭和四三年五月当時銀蔵・栄吉と被控訴人間は不仲であり、被控訴人が銀蔵から融資を受けて建築した粕谷ビルに関して銀蔵らと被控訴人間に紛争を生じ、銀蔵は橋本、朝山、望月の三弁護士に依頼して右ビルに対する仮処分の申請等につき準備をしていた。右事件に関しては銀蔵側では事実上老令の同人に代って専ら栄吉がその衝に当っていたが、右三弁護士らがはかばかしく事を運ばないというところから栄吉は右事件について控訴人に相談するようになり、その助言を得て前記三弁護士を解任し、新に控訴人から紹介された池谷弁護士に委任して右被控訴人との間の仮処分事件等を追行することにした。ところで、栄吉は銀蔵と相談のうえ右事件の訴訟費用等を捻出する必要があるとして、当時同人等の手許にあった被控訴人に対する貸金等の証書記載の債権の回収を図るためこれを第三者である控訴人に譲渡することを申し入れた。右債権については、被控訴人はかねてこれを争っており、肉親である銀蔵らからの請求には応ずる気配がなかったものである。控訴人は右申入れを受けて、被控訴人についてその存否等を確かめることなく、直ちにこれを承諾し、銀蔵の被控訴人に対する本件債権を含む六口の債権計二五九万円、栄吉の被控訴人に対する本件債権を含む二口の債権計三〇万円右合計二八九万円(但しいずれも元本額面でいう)の債権を、取立の費用を見込み代金合計一七五万円で譲渡を受けることにした。右譲渡契約にあたり銀蔵や栄吉は同人らからではその回収ができないが、他人である控訴人の名義ですれば別であろうと考え、控訴人が被控訴人を相手に訴訟をするにいたるべきことは熟知して右譲渡を依頼し、控訴人も、これを承諾することによって銀蔵らの意を迎え前記庭地譲受交渉が有利に展開することを期待するとともに、もし被控訴人から上記債権の全額を回収することができたときは、譲受代金一七五万円を超える分については銀蔵もしくは栄吉にこれを返還し、また回収ができなかったときは栄吉において右譲受代金額もしくはこれに代る財産上の利益を控訴人に返還してくれるであろうと期待していた。控訴人は冒頭認定の債権譲渡の通知到達の翌日である同年六月一日内容証明郵便で被控訴人に対し右譲受債権中金一七〇万円を書面到達後五日以内に全額を弁済すべき旨を催告し、これに続いて前出の池谷弁護士に依頼して被控訴人に対し債権額の一部二〇万円につき仮差押の手続をするとともに、昭和四三年七月二二日受付で本件貸金請求の訴を提起し、(当初は金二〇万円の一口について、のちに請求を拡張)さらに被控訴人に対し破産宣告の申立をしたが、その目的はこれにより被控訴人の一般的清算を求めるというよりも、本件債権の弁済を強制するにあった(なお控訴人は銀蔵の死亡後同人の遺言執行者になった)。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実によれば銀蔵および栄吉は当時紛争中の被控訴人に対する各債権を自ら取立てることを回避し、他人である控訴人に対し訴訟行為をなさしめることを主たる目的として控訴人主張の各債権を譲渡したものと認めるのほかはなく、右債権の譲渡は信託法第一一条に違反し無効であると解するのが相当である。≪証拠省略≫によれば、銀蔵および栄吉が控訴人から前記認定の譲渡代金を受領していることが認められるが、右事実の存在することは上記判断の妨げとなるものではない。

そうすると、譲渡債権の存否について判断するまでもなく控訴人の本訴請求は既に右の点において失当として排斥を免れない。

よって、右と同旨で控訴人の請求を棄却した原判決は正当であって、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 杉山孝 加藤宏)

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